金岡町の前の名前は金田です。絵師の金岡が町名に入るのは、堺市へ入ってからの改称です。

年できごと
江戸時代河内国八上郡に金田村。弘化2年(1845年)から館林藩秋元氏の領地
1871年廃藩置県で館林県、同じ年に栃木県を経て堺県
1872年金岡小学校 の前身となる郷学校が、金田村の光念寺に置かれる
1881年大阪府の所属になる
1889年町村制で金岡村の大字になる
1896年郡の統廃合で南河内郡
1938年堺市へ編入。堺市金岡村大字金田
1939年堺市金岡町と改称
1964年白鷺駅 が開業
1972年大泉緑地 が開園
1974年金岡高等学校 が開校
1980年金岡南小学校 が金岡小学校から分かれる
2006年堺市が政令指定都市になり、金岡町は北区の所属になる

村の名前が金岡になったのは明治の町村制のときで、町名として金岡町になったのは1939年です。どちらも 巨勢金岡 に由来します。神社の合祀はずっと前、一条天皇のころの伝承です。金岡神社 を見てからこの表に戻ると、名前の層が分かれます。

出典

明治までの所属の移り変わりは 金岡町(Wikipedia、CC BY-SA)によります。角川日本地名大辞典 27 大阪府を、Wikipedia が参照しています。学校と駅と緑地の年は、それぞれのページの出典と同じです。