巨勢金岡(こせの かなおか)は、平安時代前期の宮廷画家です。当時は唐絵が主流で、金岡は日本の風景や物語を描くやまと絵の基礎を築いた人とされます。絵所で最も重きをなした、とも伝えられます。
残っている絵はありません。御所や貴族の家、寺に描いたことは分かっていても、作品そのものは失われています。だからこの町では、絵ではなく名前と場所が残っています。
この町との関係
社伝では、このあたりは金岡が隠棲し、景色を愛して絵を描きつづけた土地だとされます。一条天皇のころに 金岡神社 へ合祀され、神社の名前になりました。町名の「金岡」もここから来ています。
筆洗いの池
神社の北東およそ150メートルに、金岡淵がありました。金岡が絵筆を洗った池だと伝えられます。いま池はなく、広場と石碑が残っています。碑文は正木直彦の筆です。
見にいくなら
神社とセットです。さんぽ の最後に寄れます。